布谷舶用計器工業株式会社
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沿革
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沿革

明治25年 3月
創業者布谷伊太郎
明治22年頃より当時の日本に国産羅針盤の無い事を嘆じ1人苦心研究の結果遂にこれを完成し、大阪市西区本田1丁目に於いて布谷羅針儀製造所を創業、国産第1号生産に成功して布谷の基盤を造る。
明治28年
大阪市西区松島町2丁目3番地に新工場建設生産設備を増強、移転。
明治33年
大阪市製品品評会に羅針盤を出品、褒賞受領。
明治35年
第10回内国国益博覧会に出品、特に『発明の偉功により有功一等賞並びに名誉賞金牌』を受領。
明治41年
第2回内国製品々評会に出品、一等賞金牌を受領。
以後毎回出品、受領多数のため省略。
大正 6年
設備を拡充し株式会社に改組。
関西地区の海運造船界知名の士が役員に就任。
布谷計器株式会社として営業進展を続ける。
大正10年
尼崎市出屋敷に工場を拡張新築。
第1次世界大戦後再び布谷伊太郎の個人経営の下に布谷計器製作所として一般不況時代にも業績を挙げる。
昭和10年
海軍艦政本部に登録され、海軍省指定工場となる。
昭和14年 7月
創始者 布谷伊太郎 死去。
布谷伊久所長就任 当時伊久、伊光、功の三兄弟共に応召戦場に在り、職員一同相協力して工場を継続す。
昭和16年 4月
海軍艦政本部長より「計画造船完遂に遺憾なからしめ国家に寄与する処大なるにより」 表彰状を受領。
昭和20年 8月
終戦により工場閉鎖。
昭和21年 1月
布谷計器製作所再開、所長 布谷伊久、工場長 布谷伊光、主任 布谷 功 各々就任。
関係官庁及び海運造船界との契約の下に、資材不足を克服して生産に邁進。
昭和21年10月
大阪市大正区大正通り1丁目16番地に、布谷計器・大阪工場を新設。
主として修理及びサービス関係の業務を開始。
工場長兼技術部長として、布谷伊光就任。
布谷計器・工場長として、布谷功就任。
昭和23年 4月
航海計器JES規格制定に参画し、政府より航海計器専門委員委嘱される。
昭和27年 2月
布谷計器製作所を株式会社に改組。
代表取締役 布谷伊久、専務取締役 布谷功、各々就任。
昭和27年 9月
東京営業所を開設。新たに政府よりJIS規格制定委員を委嘱される。
昭和27年10月
大阪工場を株式会社に改組の上、大阪布谷精器株式会社として発足。
代表取締役 布谷伊光、相談役 布谷伊久、各々を就任。
昭和29年 4月
防衛庁指定業者として登録される。
昭和29年 6月
大阪布谷精器、業績進展に伴い、西区松島町2-29に生産設備を増強移転。
昭和32年 2月
布谷計器創業65周年を迎え、現在地に工場を新築、諸設備を拡張完備して移転。
昭和33年 8月
東京に於ける第3回海運造船綜合展覧会に出品、皇太子殿下( 現・天皇) の行啓に際し、本邦最古の羅針儀製造業者として「卓上精密磁気羅針儀」 一基献上の光栄に浴す。
昭和34年11月
布谷計器製作所、JIS表示許可工場となる。
昭和39年 8月
大阪布谷精器、宝塚市切畑長尾山に測距儀試験場を新設。
昭和40年 8月
大阪布谷精器、需要増大の為現在地工場社屋を、重量鉄骨3階建延750平方米に改築諸設備を完備。
昭和41年 3月
布谷計器製作所及び大阪布谷精器社共に営業伸展著しく、企業の合理化と販売強化を計る為新たに布谷舶用計器工業株式会社を設立。布谷功が代表取締役に就任し、布谷計器製作所を布谷舶用計器工業尼崎工場、大阪布谷精器を同大阪工場と呼称し、両社製品の総合整理と営業の一元化を実施する。
昭和43年 5月
大阪工場(大阪布谷精器) JIS表示許可工場となる。
昭和50年 5月
尼崎、大阪工場の生産合理化の為、磁気羅針儀の集中生産を計画し、兵庫県城崎郡香住町に大阪布谷精器・香住工場として敷地1,477平方米、工場鉄骨2階建延1,001平方米、社宅延210平方米を建設、羅針儀に関連、あらゆる設備を完備して生産開始。
平成 8年 9月
大阪工場(大阪布谷精器)大阪市大正区小林西1-14-22に本社工場を移転。
平成18年 3月
尼崎工場(布谷計器製作所)ISO 9001:2000 JIS Q9001:2000 取得。
平成27年 11月
大阪市西区江戸堀1-15-20に本社を移転。
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